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最高裁判所第一小法廷 昭和28年(オ)268号 判決

神戸市東灘区御影町字柳九〇〇番地の九

上告人

坂上隆由

同市生田区下山手通 兵庫県庁内

被上告人

兵庫県知事 岸田幸雄

右当事者間の行政処分取消請求事件について、大阪高等裁判所が昭和二七年一二月一九日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

論旨は、要するに、上告人が、その代表者となつてした御影町議会の解散請求に基く住民投票の結果をまたず、被上告人兵庫県知事が本件御影町と神戸市との合併を決定したことは、御影町住民の御影町議会解散請求権行使の自由を侵害する違法なものであつて、取消を免れないものであるに拘らず、これを是認した原判決は違法であるというのである。

しかし、地方自治法七条一項による知事の処分は、関係市町村住民の権利義務に関する直接の処分ではないから、市町村住民は、市町村住民として有する具体的権利義務について争のある場合、当該権利義務の存否について訴訟をもつて争うは格別、知事のなした前記処分そのものの適否について訴を提起する法律上の利益を有しないものというべきである(昭和二八年(オ)第一二八五号、同三〇年一二月二日最高裁判所第二小法廷判決、昭和二八年(オ)第二七四号、同三〇年一二月九日同小法廷判決参照)。従つて、御影町住民として有する具体的権利義務の存否につき争うのでなく、兵庫県知事のした本件合併決定の処分そのものを違法であるとしてこれが取消を求める本件訴は、法律上これを認めた特別の規定がないから許されないものであり、それは上告人が御影町議会解散の請求手続中の者であつたからといつて結論を異にすべき理由はない。原判決が、知事の本件合併決定処分そのものの適否について判断をしたのは不要の判断をしたものであつて、その当否は、本訴の判決の結果に影響を及ぼすべきものではない。所論は採るを得ない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 入江俊郎 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 下飯坂潤夫)

昭和二八年(オ)第二六八号

上告人 坂上隆由

被上告人 兵庫県知事 岸田幸雄

上告人の上告理由(第一回)

引続き上告趣意書作成中につき出来次第追加提出致します。

第一点 「原審判決は争点について判断していない。」

第二点 「原審判決は争点を誤つておる。」

第三点 「原審は控訴人の主張を理解していない。」

第四点 「原審の判断は地方自治法第七条が唯一の合併法規であると言う予断に基く。」

第一点 「原審判決は争点について判断していない。」

原審は「これ等の規定を併せ考えて見ると、法は市町村の合併については関係市町村の申請、すなわちその市町村の議会―この議会はもともと選挙権者の選挙に基いて成立したものであつて平たく言えば当時の住民の総意によるものといい得べく」と言つておる。果して然らば原審は選挙権者の選挙というものが市町村の廃置分合の議決に関係のあることを認めておるのである。更に市町村の合併について「議会の議決を経た市町村自身の申請あることをもつて足るとし、それ以上これについて住民の直接の意思の表明を要請しないものと結論せざるを得ない。」と言ひつゝ議会に対して住民の選挙権の行使を認めておる。この事実は何を意味するか、住民の選挙権の行使は「これについて住民の直接の意思の表明」という中に入れていないと言はざるを得ない。市町村の廃置分合について議決せる処の議会が住民の選挙によつて成立することを認めておるのである。換言すれば市町村の廃置分合について議会が議決するという目的をふくめて選挙民は議会を選挙することを認めておるのである。そのことは原審の「それ以上これについて住民の直接の意思の表明を要請しないものと結論せざるを得ない。」という観念の中には這入つていないのである。果して然らば選挙民に代つて市町村の廃置分合について議会が議決するという目的の為めに選挙民は議会を解散することも認めて差し支えないものと言はねばならぬ。何んとなれば選挙権者の選挙の延長として選挙権者の議会解散請求権が認められておるからである。さうすれば控訴人等の御影町議会の解散請求の手続中において神戸市えの合併を議決した御影町議会を選挙民が解散する行為は法が認めておることを否定していないと言えるのである。して見ると御影町住民が御影町議会の解散を請求する権利は否定していないのである。若し御影町議会が神戸市えの合併を議決した理由で議会の解散を請求することが出来るとすれば第七十六条の適用を認めることになるのである。さうすれば被控訴人の同法第七条所定の手続を経てなした本件合併決定は第七十六条の要請しておる選挙民の御影町議会の解散の投票を阻止することができるかと言う問題が発生するのである。この点について原審は判断しなければならないのである。然るに原審はこの点を判断するのを回避するために争点を変形しておるのである。元来神戸市えの合併を議決した御影町議会の解散の投票を御影町選挙民が請求する権利をもつておるかどうか、若しもつておれば県知事はこの御影町選挙民の権利を無視する権限があるかということが審理すべき問題であるのに之を回避するために御影町議会は解散請求手続中と雖合併の議決が有效にできる、それ故第七条の規定する合併手続として住民の意思の表明はいらない、それ故合併手続として県知事は住民の総意を問うておろうがおるまいが之を考慮する必要は政治上ならば兎に角法上はないと言つて県知事の権限を確認しておるのである。しかしこれは第七条の規律関係内における知事の権限の問題である。県知事は県知事として合併決定を為す立場を有しておる、その権限は第七条を基礎としておるので第七条の規律関係の外え無条件に及ぼすことはできない。県知事が合併決定を為す場合県の立場から市町村の合併を考える第七条にもとづいて市町村の合併が県に及ぼす利害の立場から御影町の議会が合併の議決をしたという事実と共に住民は合併に反対しておるという事実をも考えるならばそれは県知事の裁量範囲である。従つて県知事がその事実を考慮して合併決定をしないということは県知事の裁量範囲に止るがその事実を無視して合併決定をして住民の権利の行使を妨げたとなると問題は第七条の規律関係に止らないのである。問題は第七条以外の法規の規律関係にも関係して来るのである。住民の権利を規律する法規に関係してくるのである。従つて異つた規律関係に渡る問題は両規定の関係を審議しなければならぬ。第七条所定の手続を経てなした本件合併決定だけでは争点の審理は尽されていないのである。原審は第七条の規律関係のみから住民の議会解散請求権を判断しておるのである。第七条の規律関係において議会解散請求権の行使は要請していないといつておるのみである。 第七条の規律関係から判断して「法上」はと言うのであるから「法律的には」という意味で「政治上は兎に角」という第一審判決の言葉の意味に対する意味である。即ち「第七条に依れば」と言う条件が附加せられておるので第七条以外を観念せられた「法」という意味ではない。

「これ等の規定を併せ考えて見ると」と云つておるが問題を第七条の合併の手続として考慮しておるのみで住民の議会解散請求権の行使を妨ぐる権限を県知事はもつておるかということを審理していないのである。住民の立場からも考えて見なければならぬ。住民の議会解散請求権を認めた基本の法規たる第七十六条乃至第七十九条の規律関係と第七条との規律関係とが如何なる秩序の下に認められておるかを審理しなければならぬ。然るに原審は「これ等の規定を併せ考えて見ると、法は市町村の議会―この議会はもともと選挙権者の選挙に基いて成立したものであつて平たく言えば当時の住民の総意によるものといい得べく、しかも解散請求手続中と雖も前示解散の效力の生するまではその有する権限を行使することのできるのはいうまでもない―の議決を経た市町村自身の申請あることをもつて足るものとし、それ以上これについて住民の直接の意思の表明を要請しないものと結論せざるを得ない。」といつておる。内容は議会解散請求権の行使に関する限り第七条の規律関係から一歩もでていないのである。之に反し選挙権の行使に関する限りでは第七条の外に踏みだしておるのである。議会が選挙民の選挙によつて成立したのであるから選挙した事実を認めない訳に行かないが単に事実としてのみならず「平たく言えば当時の住民の総意によるものといい得べく」という意味を説示しておりこの意味は第七条の規律関係のどこにも書いてないのである。選挙権者の選挙によつて議会が成立したというのは第七条の規定のみから見れば事実にすぎないが選挙権者の選挙について「平たく言えば当時の住民の総意によるものといい得べく」と言つておる意味は選挙権者の選挙が有する固有の意味を原審が第七条の議会にとり入れて説示しておるのである。果して然らば選挙の有する固有の意味を延長して選挙民の議会解散請求権の行使を何故に認めない理由あらんやである。平たく言えば第七条の議会は当時の住民の総意にもとづいて成立したものであるから第七十九条の年数もたつておるので将に表明せられんとする住民の総意にもとづいて解散せられんとするものであつて議会の成立者の手によつて議会が将に解散せられんとするのを果して県知事は妨害してよいと言う権限を与えられているか否かを原審は審理すべきであつたのである。「この議会は平たく言えば当時の住民の総意によるものといい得べく、それ故に住民の総意によつて解散せられることを第三者は妨ぐべき理由はない。」ということが議会の解散請求権の固有に有する意味として第七十六条乃至第七十九条が認められておるのである。この意味を合併を議決した御影町議会に認むべきか認むべからざるかを審議すべきであるのである。既に原審は選挙権者の選挙のもつ固有の意味を合併を議決した御影町議会に認めておるのである。果して然らば原審は既に第七条との関係において選挙権者の選挙の有する固有の意味を認めておるのであるからその選挙の有する固有の意味から生まれでておる議会解散請求権を拒否することは論理の矛盾と言はねばならぬ。原審は議会解散請求権が「平たく言えば当時の住民の総意によるものといい得べく」ということから生まれた事実を見落しておるのである。議会解散請求権の趣旨目的に関聯して県知事の合併決定の権限の限界を確定すべき問題である。住民も亦議会解散請求権の行使によつて市町村の合併の運行に関与することを認められておるか否かの問題である。原審は既に住民が選挙権の行使によつて市町村の合併の運行に関与することを認めておるのであるから原審が一歩を進めて議会解散請求権の本質につき選挙に対する関係を考慮すべきであつたのである。市町村の廃止分合について選挙民が議会解散請求権を有しておるかどうか、若し有しておれば県知事の合併決定の権限を以て選挙民の議会解散請求権の行使を制限又は禁止することができるかどうかを審議すべきであつたのである。原審は選挙民の議会解散請求権の有する固有の意味を考慮していない。議会解散請求権の内容を分解して議会の合併の議決と解散の投票とに分けて之を第七条の所定要件であるか否かを決定したのに過ぎない。飛行機の翼と胴体とに分けて之を飛行機であるというものはあるまい。人間の足と頭とを別々に離して之を人間であるというものはあるまい。合併を議決した御影町の議会の議決が解散請求手続中であるというのみでこれが議会解散請求権を考えたと言う者はあるまい。原審は判決において市町村の合併の運行について住民の議会解散請求権を審理していないのである。控訴人は市町村の廃置分合について住民は議会解散請求権を行使し得るや、県知事は住民の有する議会解散請求権の行使を阻止する権限をもつておるかを争つておるのである。原審は他を言つて控訴人の争点に答えていないのである。住民は第七条に基いて議会解散請求権を直接認められておるのではない。第七条に言う議会の議決が住民の選挙権の行使を受け入れて之れと離して考えられないように先づ議会の議決と議会解散請求権の行使とは離して考えることのできない観念が第七条の外ででき上つておるのである。父兄席とか父兄会と言えば当然母、姉を含んでおるように言葉には言葉のもつ観念として分離して考えることのできないものがある。第七条の議会の議決の文言はその観念の中に議会解散請求権の行使がその背後にあることを許容しておるのである。恰も原審が合併を議決した議会の背後に選挙民の選挙行為のあることを認めておるのと同様である。第七十六条乃至第七十九条の規定は議会解散請求権の内容を明にするため部分的に離して部分と部分との関係を規定してあつてもその部分を切り離して別々に第七条の文言にあてはめて結論をだすことを以てそれは議会解散請求権として審理したものと言えないのは恰も飛行機の翼と胴体とを切り離して別箇に価値を判断しても飛行機の価値を審理したとは言えないと同様である。人間の足と頭と切り離して考えたのでは人間そのものを考えたと言えないのと同様である。

要するに原審は市町村の廃置分合について住民が議会解散請求権の行使を認められておるか、県知事は合併決定権により住民の議会解散請求権の行使を妨ぐるのはその権限の逸脱でないかを審理していないのである。問題として控訴人が主張し争つて来たのは市町村の廃置分合についても住民は議会解散請求権を行使できるか、その方法で住民が市町村の合併の運行に関与し得るならば県知事は果してその合併決定の権限で以て住民の関与を妨ぐることができるかを審理しなければならぬ。原審は議会解散請求権の行使に依らずして議会の解散の投票前における議会解散請求の着手によつて県知事の権限を阻止できるかと言う問題を審理しておるのである。原審の驚く可き問題の転換と言はねばならぬ。

第二点 「原審判決は争点を誤つておる。」

原審が審理しておるものは住民が合併に対して直接にする意思の表明でもつて県知事の合併決定を阻止できるかどうかという問題である。原審は「しかも解散請求手続中と雖も前示解散の效力の生するまではその有する権限を行使することのできるのはいうまでもない。」と言つており権限を行使するのであるから合併の議決ができるというのである。茲で控訴人は、かくの如き合併の議決が住民の総意に反しており議会が私利私慾の為めに合併の議決をしたと判断せられる場合には第七十六条第一項の手続によつて議会解散を選挙民の投票に問うことができるのではないかという主張をしたのである。控訴人の見解に依れば議会がその有する権限を行使することに対して議会の解散を請求することができるのである。若し議会が存続し存続する議会が権限を行使するが故に第七十六条第一項の適用がないというならば第七十六条第一項の適用ある問題は存しないことになるのである。第七条の適用あることは問題にする者がない明文があるからである。第七条の明文あることが却つて災して第七十六条乃至第七十九条は市町村の廃置分合について適用がないように考える者があるが同規定の性質上之は総論的に共通的に適用せられるものと解釈しなければならぬ。市町村の合併は市町村という中間的存在の構成上の変化である。従つて問題の性質上一面に住民に対し他面に県に対し利害を及す結果両面に向つて規律関係が生するのは当然である。而して本件は単なる市町村の問題及び単なる県の問題として独立的に考えられる問題が相寄つて一の規定に明にせられておるものと考えられる故に問題の性質として住民の議会解散請求権の行使が認められない筈はないのである。従つて両規定が認められる以上住民の権限が優先するか、県知事の権限が優先するかは自ら明白である。市町村の中間的存在にして被構成体たるの資格と構成体たるの資格の二重の資格を有することによつてその市町村の構成上の変化は住民と県との両方面に関係をもつのである。よつて議会と住民との関係では住民は議会と合一し市町村の議会は県の立場にある県議会とか県知事に優先するのである。従つて両法規の存在が確定すれば住民の権限と県知事の権限とはその前後の順序は市町村の構成上の中間的存在なることによつて自ら決定するのである。故に問題は先つ市町村の合併についても住民の議会解散請求権の行使が地方自治法上認められるや否やにあるも住民の議会解散請求権の行使は第七条に関係なく総論的に共通的に認められそのことを前提にして第七条の規定が各論の特殊規定として認められたものと解することが地方自治法の法秩序に適合した解釈と言はなければならぬ。第七条のみが認められて総論的な共通的な住民の議会解散請求権の行使が認められないというのは論理にはづれた解釈であると言はねばならぬ。第七十六条乃至第七十九条は議会の議決が住民の意思の表明であるという意味から考えると住民に議会解散請求権の行使が第七条の規定の前提として認められておるものと解釈せざるを得ないのである。第七条は第九十六条が単独に議会の議決を必要としたのと異り順序を附して市町村と県と復数に認めたものにすぎないのである。従つて第七条も第九十六条も住民の議会解散請求権の行使については同じ関係に立つのである。そこで夫々の規定に基く住民の権限と県知事の権限との順序は市町村を媒体として考えれば自ら解決するのである。市町村の意思がきまつてから県の意思に及ぶのである。市町村の意思がきまらない中に県の立場に立つ県知事がとびだすことは第七条の趣旨から云つて許さるべきでないことは明であるが住民=市町村=県という順序であることは更に地方公共団体の組織から考えて明である。然るに原審は第七十六条乃至第七十九条と第七条と比較すると称し先づ議会の議決が先にできてその次に住民の投票が為されると考えておるのである。即ち市町村の議会と住民との順序は議会の議決が先であると考えその次に来るものは時間的に県の意思である、議会の議決の次に来るものは県知事の合併決定である、県知事の合併決定に到達するまでには住民の投票は時間的に考えて必要でないというのである。即ち法規の規律関係を無視して時間的に考え選挙=議会の議決(市町村の議会の議決=市町村の申請=県議会の議決)=県知事の合併決定=住民の解散の投票という順序に解釈しその結果第七十六条第一項の解散の請求の着手によつて第七条の県知事の合併決定を阻止できるか否かの問題に転換しておるのである。その基礎たる法規を無視した判断というべきである。住民の議会解散請求権はその趣旨目的より考えて市町村の議会の議決の民主的要素を完備する為めに必要である。市町村の議会の議決の民主的要素とは議会の議決が住民の意思の表明という意味を完うせしめんとするものである。議会が合併の議決をする場合住民の意思の表明という意味をもつ以上議会解散請求権を行使することを認めなければならぬ。原審は「平たく言えば当時の住民の総意になるものといゝ得べく」といつておるのであるから合併を議決する議会は住民に代つて合併を議決することを認むるものと言はねばならぬ。従つて合併を議決する議会についても住民の解散請求権の行使を認めなければならぬ。

県知事はその立場として市町村の意思の作成に立入ることはできない故に第七条知事の合併決定権は市町村の住民が議会解散請求権により議会の議決を作成する行為に立入ることはできない。住民が議会解散請求権の威力により議会の議決を作成する行為を県知事が妨ぐることは県知事の合併決定の権限を逸脱するものと認めざるを得ない。県知事は市町村の議会が住民に対して独裁を行うことを援助することは県知事の合併決定の権限を逸脱するものと言はなければならぬ。

以上を要するに原審は県知事が住民の議会解散請求権の行使を妨ぐる権限を有するや否やという問題を住民は議会解散の請求に着手することによつて県知事の合併決定権の行使を妨ぐることを得るや否やの問題に転換しておるのである。原審はそれが為めに先づ議会の独裁を認むる如き県知事の合併決定の権限を認めておいてかくの如き県知事の合併決定は住民の議会解散の請求の着手によつて左右することができるかどうかの問題に転換しておるのである。住民の議会解散請求権の行使を無視してその妨害を意に介せずその侵害を含む県知事の行為を県知事の合併決定の権限内の行為の如くみなして然る後にかくの如き合併決定権を住民の議会解散請求の着手で以て左右することができないと判断しておるのである。議会の独裁を擁護する県知事の合併決定を議会解散を請求する着手によつて左右することができないと言うのである。合併の手続としては議会解散請求権の行使は不必要であるとて先づ合併の手続なるものの中に住民の議会解散請求権の行使の存在せざることを理由として議会の独裁を合併手続の基礎とすることによつて住民の議会解散請求権の行使を排除しておいてその上に県知事の合併決定権を確定して住民の議会解散請求の手続に着手するのみで県知事の合併決定権を左右することは認められぬというのであるが右は控訴人の主張を転換したものである。果して県知事が議会の独裁を基礎とすること、即ち住民の議会解散請求権の行使を阻害することにより議会の議決が民主的要素を缺くことを援助することが県知事の合併決定権の逸脱なりや否やを審理しなければならないのである。恰もソ連が権利なき処に権利を作つてその譲歩を問題とするようなものである。議会解散請求権行使の理由たる合併の議決をその行使中に正当なる市町村の議決と認むるものでかくの如き行為は県知事の権限を逸脱するものであるが住民の総意に訴える解散の投票に先立つて合併決定権の行使を認むることによつてその底に存在する住民の議会解散請求権の行使を妨害する問題をカムフラージユするものである。既に議会がその使命を逸脱する行為を基礎とする県知事の合併決定権を正当なものゝ如く認めて逆に住民が議会解散の請求の着手によつて県知事の正当なる合併決定権を左右せんとするものゝ如く問題をまげておるのである。しかし乍ら問題の真相は県知事が自己の見解に都合好き市町村の議会の議決を住民の議会解散請求権の行使を抑えて認めんとするにあるのであつて住民の議会解散請求権の行使を抑えることは法の要求する議会の議決の本質を恣に変更することである。この点に審理すべき問題が存在するのである。原審は住民の議会解散請求権を認めずして議会解散請求権の行使を否定する偽装の県知事の合併決定を住民が議会解散請求の手続の着手によりて左右できるや否やを審理しておるのである。

第三点 「原審は控訴人の主張を理解していない。」

控訴人は市町村の廃置分合についても議会の行動が民意に反する場合には住民は議会解散請求権を行使することを得るものと解する(判例も之を認める)。従つてこの場合には住民が第七十六条第一項により議会の解散の請求ができるし、第七十六条第三項により選挙管理委員会は選挙人の投票に付さなければならぬものと解するのである。

議会解散請求権は議会が民意に合する行動をなすために認められた権利でこの権利の行使が許されることにより議会が住民の代表機関たるの使命を完うすることを得るものと地方自治法は認めておるのである。議会解散請求権の行使が妨げられず第七十六条乃至第七十九条を初め解散の場合は新議会の選挙新議決というように議会解散請求権の行使の法律に認められた発展の通り事が運んでこそ市町村の意思が正当に表明せられ執行せられるので第七条に認められた権限により県知事は市町村の合併が県全体に及ぼす立場より合併決定を為すので関係市町村議会もその市町村の立場、即ち県知事の立場と異つた立場から市町村の意思を表明するのである。従つて県知事は市町村の内部の問題に干渉する権限はないのである。従つて市町村の意思は市町村の議会と住民との間において第七十六条乃至第七十九条その他の規定によつて自主的に解決すべく之によつて市町村の意思は正当に表明せられるのである。若し県知事が住民の議会解散請求権の行使を妨ぐるにおいては市町村議会の住民に対する独裁を援助するもので住民の議会に対する協力を妨げ市町村の合併に対する意思の表明を損うものと言はなければならぬ。従つて第七条の趣旨から言つて県知事は市町村住民の議会解散請求権の行使を妨害することはできないのである。故に原審判決の言う如く「関係市町村の議会の解散請求の手続に着手するときは―従つて同法第七十八条所定の選挙権者の過半数の者が合併の議決をした議会の解散に同意するや否や未だ判明しない以前において既に同法第七条の合併決定はできない。」と言う問題は起らない。

以上を要するに地方自治法上議会は住民の選挙によりて成立し住民は選挙によりて議会が住民の代表者として議決するものであると同時に議会解散請求権の行使によりて議会の議決は本質的に民主的要素を備えておるのである。地方自治法に議会の議決という以上住民の議会解散請求権の行使と分離して考えることはできない。何んとなれば議会が議決するというのは最終においては住民が住民の総意を表明する方法であることを意味する。その意味のために地方自治法は議会の選挙と議会の解散とを認めておるのである。故に住民が意思を表明するために議会の議決を必要とすると言う原理に基き議会の議決を必要とする問題について共通的に総論的に議会解散請求権の行使が認められておるのである。それは議会の組織と運営との本質上の問題である。従つて第七条の規定の解釈として市町村の廃置分合について議会の議決を必要とする以上住民の議会解散請求権の行使は市町村の廃置分合について認められる故に議会解散請求権の行使が完了する以前に県知事が合併決定をする権限はないのである。よつて原審が「若し前示控訴人の見解の如しとせば」以下に言つておることは原審の見解を基礎にして判断しておることであつて控訴人の見解ではないのである。

第四点 「原審の判断は第七条が唯一の合併法規であると言う予断に基く。」

上告人は原審に対して第七条が唯一の合併法規ではない、第七十六条乃至第七十九条も合併法規であるということを主張するのであるがこの見解の相違は実質的見解の上の争であつて形式的見解の上では右両規定を綜合して第七条一本と見ることに反対するものではない。従つて上告人にとつては実質的に二個の規律関係を市町村の合併につき認むるのである。

この二個の規律関係を第七条の関係と第七十六条乃至第七十九条の関係とに分けて観念するのである。この両規定を結合して形式的に第七条と観念することは争について実益がないから上告人としては形式的意味は暫く別問題としておくのである。

第七条が市町村の合併の規定であることは明文に明であるから何人も争う者はないのであるが、争は第七条を以て合併法規の唯一のものと早計に判断するところから生じておるのである。

即ち第七条は県知事の合併決定の必要条件を規定しておるところからこの必要条件を十分条件と取るのである。原審は「して見ると、控訴人等の御影町議会の解散請求の手続中被控訴人の同法第七条所定の手続を経てなした本件合併決定は何等違法の点のないものというべきである。」

と言つておるがその考へは第七条に議会の議決を必要としておるところから「議会の議決」は「解散請求手続中のものと雖も議会の議決」である故に「解散請求手続中の議会の議決」があれば合併決定の要件として十分であるいとう考へ方をしておるのである。

原審は明に論理的な誤謬を犯しておるのである。必要条件をもつて十分条件と混同しておるからである。

右論理の誤謬は第七条の合併決定の要件として議会の議決を必要としておるのは果して議会の議決のみを望んでおるのか、それともその背後にあるものを望んでおるのかを考へないところから来ておるのである。

原審は第七条の文字「議会の議決」を必要としておるのであるから名さえ「議会の議決」とつくものであれば十分である。従つて「解散請求手続中の議会の議決」でも「議会の議決」に相違ないからこれで十分であると言う処正に三百代言式の解釈で既に自己の論法が必要条件を十分条件であると言う誤を犯した上その内容として「解散請求手続中の議会の議決で十分である。」と言う考えを基礎にしてそれでは何も選挙民の解散投票(解散投票は「合併については住民の間接の意志の表明」であるから厳格に言えば「これについて住民の直接の意思の表明」と言えないのであるが、解散請求手続中と言つておるのに鑑み解散投票をさすのではないかと考へる。)を必要としていないと解釈しその結果「第七条所定の手続を経てなした本件合併決定は何等違法の点のないものといふべきである。」という結論に達しておるのである。

詭弁というも甚しいものと言はざるを得ないのである。第七条が「議会の議決」を何故に必要としたかを考えないで「議会の議決」を必要とすると言うから「解散請求手続中の議会の議決」を経た申請あることをもつて足るものとしそれ以上これについて住民の……意思の表明を要請しないものと結論せざるを得ない。」と言うことになるのである。

果して然らば「解散請求手続中の議会の議決」の法律上の意味とか価値とかを考へずに第七条の要件としてこれで十分であるという考から地方自治法は「解散請求手続中の議会の議決」を以て合併決定の要件としておると解釈しその結果市町村の合併には住民は議会解散請求権を行使できないというのである。

従つて解散請求手続を権利として許しておるが、若し解散請求手続を権利として許しておれば何が故に許しておるかと言うようなことは考えずに第七条に「議会の議決」とあるからその「議会の議決」は「解散請求手続中の議会の議決である」ということから議会解散請求権の行使を合併に認められていないと判断しておるのである。

即ち第七条の文字解釈に基き第七条の要件として「解散請求手続中の議会の議決」で十分であると考へての「十分」という考えが転じて議会解散請求権の行使は不必要であると言う根拠になつておるのである。

帰する処『第七条に「議会の議決」と書いてあるから「解散請求手続中の議会の議決」でもつて足るものとしてこれ以上これについて住民の意思の表明を要請しないものと結論せざるを得ない。』という典型的の文字解釈に過ぎないのである。即ち第七条の「議会の議決」を「解散請求手続中の議会の議決」と解釈しそれ故に市町村の合併については住民は議会解散請求権の行使は許されないと言う判断をしておるのである。

右に対し上告人は議会解散請求権の法規を第七条と同じように合併規定と見るのであるがその理由を左に陳べる。

本件は市町村の合併である。ところがその市町村は住民に対しては被構成体たると同時に県に対しては構成体たる二重の資格をもつ中間的存在である。従つて市町村の合併は一方において被構成体たる市町村が相よつて合同するのであるから住民という構成体に全単位的な影響を及ぼすのてある。同時に他方において構成体たる市町村の一部分が合同するのであるから県という被構成体の全体に影響を及すのである。一方の影響は自己の単位より遙に大きい全体の変化であり、他方は局部の変化が全般に影響を及ぼすのである。一方の利害は深刻であるが他方の利害は局部対全体の相対的である。

従つて市町村が構成体としての資格において合同することのみ考へて市町村と県との関係を規律する第七条を規定したとは考えられないのである。第七条は他方において市町村の被構成体の資格においてする合同を考えて構成体たる住民に対する関係をも規律しておるものと考えるのである。然らば市町村と住民との関係を規律するものは何かと云えばこれが議会解散請求権を規定する法規群第七十六条ないし第七十九条である。

従つて第七条に云う「議会の議決」という観念の中には当然議会解散請求権の行使を含くむことになり市町村も県も亦内部的の議会と住民との関係において議会解散請求権の行使が認められておるものと考えるのである。故に第七条は市町村と県との意思の関係を規律すると同時に市町村と県とは二個の公共団体として各自その内部において議会と住民とが相協力して市町村の意思、県の意思を形造くるものと解するのである。故に第七条は市町村と県との意思の関係を規律するものと市町村は市町村を単位としてその内部において議会と住民との関係において自主的に意思を統合する自主的方法が認められる。茲において第七条の「議会の議決」の観念の中に第七十六条乃至第七十九条の規律関係を含むと云う解釈をとるのである。

それ故市町村の意思の申請には議会の議決を経ることを要し議会の議決は住民の議会解散請求権の効力によつて牽制をうけてつくられる。故に議会の議決は合併の議決についても住民の意思の表明たると同時に議会の議決である。故に議会の議決が住民の意思と第七十六条乃至第七十九条に予見したる形において分離した場合は第七十六条乃至第七十九条に予見したる方法で調合統一せられなければならぬ。

これ即ち第七条の趣旨であつて第七条において団体自治と住民自治とは混然として融合せられるものと解釈する。

これ憲法第九十二条に云う地方自治の本旨に合致した解釈と見られるのである。形式的に見れば地方自治法第七条は市町村の合併の規定と見られるが「議会の議決」という観念の背後には住民の議会解散請求権の行使によりて議会の議決は住民の間接の意思の表明たる使命を果しておるのである。

従つて第七条の議会の議決は住民の議会解散請求権の行使を妨げられる場合にはその変質を来たすものであつて市町村の合併決定の要件に瑕疵あるものと見なければならぬと解するのである。

即ち外部から統一的に云えば市町村の合併法規は第七条一本と云えるけれども、内部的に見れば市町村の意思と県の意思との関係を規律するものと市町村の意思の内部において又県の意思の内部において議会と住民との間に意思の合一統合を規定する法規がある。之を第七十六条乃至第七十九条とするのである。故に県知事は市町村の意思の作成せられる課程に干渉して市町村住民の議会解散請求権の行使を妨ぐるは市町村の議会が住民に対し独裁する行為を援助するもので市町村の内部に干渉し議会と住民との自主的統合を妨ぐるものである。故に局部的に云えば第七十六条乃至第七十九条の違反であると同時に大局から言えば第七条の違反と云うことができるのである。

以上

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